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仙台地方裁判所 平成2年(ワ)1238号 判決 1993年5月11日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

吉岡和弘

荒中

被告

東邦生命保険相互会社

右代表者代表取締役

太田清藏

右訴訟代理人弁護士

大高満範

井ノ上正男

辻雅子

同(復)

小森榮

主文

一  被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、生命保険事業及び生命保険の再保険事業を行う相互会社である。

2  原告は、被告との間で、昭和六三年六月一日、左記の内容の生命保険契約(被告の商品名「明朗」、証券番号九三―二一七四八一、以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 終身

(二) 被保険者 佐藤広朗

(以下「広朗」という。)

(三) 被保険者契約年齢 一九歳

(四) 保険金

(1) 主たる保険契約に基づく保険金

五〇〇万円

(2) 特約に基づく保険金

① 定期保険契約に基づく特約保険金 一五〇〇万円

② 災害割増特約に基づく災害割増保険金 一〇〇〇万円

③ 傷害特約に基づく災害保険金

一〇〇〇万円

(右②の災害割増特約及び③の傷害特約は、被保険者が不慮の事故による傷害によって死亡したときは、それぞれ災害割増保険金及び災害保険金を支払う旨の特約である。)

(五) 保険料

月額一万二一五五円

(六) 保険金受取人 原告

3  広朗は、左記交通事故(以下「本件事故」という。)による傷害によって死亡したが、被告は、右2(四)(1)の保険金五〇〇万円及び(四)(2)の①の保険金一五〇〇万円を支払ったのみで、右2(四)(2)の②の災害割増保険金一〇〇〇万円及び③の災害保険金一〇〇〇万円の支払をしない。

発生日時 平成二年一月二〇日午後九時五分ころ

発生場所 宇都宮市飯田町四四番地先東北自動車道上り車線上

当事者

加害車両 大型貨物車

(北見一一う一八九)

運転者 四宮正美

(以下「四宮」という。)

被害者 広朗

事故の態様 四宮が加害車両によって加害者を轢過し、頭蓋骨粉砕骨折等の傷害を負わせ、死亡させた。

4  よって、原告は、被告に対し、本件保険契約の災害割増特約に基づき災害割増保険金一〇〇〇万円及び傷害特約に基づき災害保険金一〇〇〇万円の合計二〇〇〇万円並びにこれに対する訴状送達の翌日である平成三年一月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実はすべて認める。

三  抗弁

1  免責特約の存在

本件保険契約の災害割増特約(請求原因2(四)(2)②)及び傷害特約(請求原因2(四)(2)③)については、いずれも昭和五八年四月二日に実施されて昭和六二年四月二〇日及び昭和六三年四月二日に改正された災害割増特約条項及び傷害特約条項がそれぞれ適用されるところ、右いずれの特約も、不慮の事故が「契約者または被保険者の故意または重大な過失によるとき」には、被告は、災害割増保険金及び災害保険金を支払わないものとされている(災害割増特約条項一三条一項一号、傷害特約条項一四条一項一号)。

2  被保険者の重過失(評価根拠事実)

広朗には、本件事故の発生について、次のとおり重過失と評価すべき事実があった。

本件事故は、広朗が、午後九時五分という夜間に、自動車専用道路(以下「高速道路」という。)の走行車線上を歩行中に、加害者に衝突轢過されて、発生した事故である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の事実のうち、本件事故の発生したのが夜間であったとの点は認めるが、本件事故が高速道路の走行車線上で発生したとの点は否認する。本件事故は、高速道路の路側帯で発生したものである。

五  再抗弁(重過失の評価障害事実)

本件事故には、次のような事実があるから、広朗には重過失があったということにはならない。

1  広朗は、本件事故発生前に、本件事故現場から約二〇〇メートル南方の地点で自車の左前部をガードロープに接触するなどの自損事故を起こした。その結果、同車両は前部を路肩方向に向け、後部約半分を走行車線上にほぼ直角にはみだして停止し、左前部破損等により走行不能の状態に陥った。広朗の自損事故車両が停車していた地点はゆるやかに右にカーブしている道路のカーブをほぼ曲がり切った地点であり、その付近には何の照明もなかった。

したがって、広朗には、二次災害を防止するため、警察への連絡、後続車両の危険回避のための案内・誘導等の措置を講ずる必要がある客観的状況にあった。

2  右自損事故の際、広朗は、飲酒によるアルコールの影響を受けた状態ではなかった。

3  広朗は、右自損事故で自らも負傷したため、緊急の手当を受ける必要等があった。

4  広朗は、右のような自損事故を起こしたため、自損事故の現場から本件事故の現場付近まで歩行し、後続車両の運転者に対し二次災害発生防止につき注意を喚起しようとした。

5  四宮は、本件事故当時、指定最高速度時速八〇キロメートルを上回る時速約九五キロメートルで、加害車両を運転走行していた。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1ないし5の事実はいずれも不知又は否認をもって争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

請求原因1ないし3の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二抗弁について

1  抗弁1の事実(免責特約の存在)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、広朗には、本件事故の発生につき右の免責特約にいう重過失があったといえるか否かを判断するに、まず、事実関係については、次のとおり認定することができる。

(一)  <書証番号略>によれば、本件事故発生付近の路面には、走行車線と追越車線との境界付近から追越車線側にかけて繊維のひきずり痕が印象され、その先南西方向(加害者の進行方向よりやや右に寄った方向)に向けて細長い扇状に血痕、脳漿及び骨片が飛散し、広朗の靴が中央分離帯付近に飛散していたこと、加害車両の損傷状況は、前部バンパーから高さ一六〇センチメートルの左フェンダーにかけて凹損が生じ、前部モールは、左端部から七〇センチメートルの部位から凹損が生じ、ラジエーターグリル左側及び左前照灯が破損し、左側車幅灯は脱落していたこと、四宮は、加害車両を運転走行して、本件現場付近の指定最高速度である時速八〇キロメートルを上回る時速九五キロメートルの高速度で走行車線のほぼ中央部分を進行してきたところ、自己の進路前方約五〇メートル付近の路側帯に人影を発見した後、その人影が、加害車両の方に向かってくるように見えたので、咄嵯にその手前約17.2メートルの地点でハンドルを右に切るとともに減速措置を講じたが、車体左前部が同人と接触し、その後約二九六メートル進行して停車したこと、そして、本件事故後も何台かの車両が本件事故現場を通過したことが認められる。

これらの事実と<書証番号略>(実況見分調書、特に添付の交通事故現場見取図)とを合わせ考えると、広朗は、路側帯から約2.7メートル走行車線に入った地点で加害車両の左前部に接触し、そのまま加害車両に巻き込まれ、加害車両が追越車線方向へハンドルを切っていたため、広朗の体が引き擦られて追越車線方向に血痕・脳漿・骨片及び靴が飛散したものであることを認定することができる。したがって、本件事故は、被告が主張するように、広朗がその判断に基づき走行車線上に入り込んで加害車両に接触して発生した走行車線上の事故であると認められる。

(二)  <書証番号略>によれば、広朗が、本件事故発生前に、本件事故現場から約二〇〇メートル南方の地点で自車の左前部をガードロープに接触するなどの自損事故を起こし、自車の前部を路肩方向に向け、後部約半分(約二メートル)を走行車線上にほぼ直角にはみだして停止し、左前部破損等により走行不能の状態に陥っていたこと、広朗の事故車両の停止していた地点は右にカーブしている道路のカーブをほぼ曲がり切った地点であり、その付近には照明等が全くなかったこと、本件事故の実況見分を行った警察官は、本件事故についての通報ではなく、広朗の自損事故車両が停止しているとの通報で現場に到着していることが認められ、これらの事実を総合すれば、高速道路の走行車線上にはみだした広朗の事故車両に後続車が衝突・接触等して二次災害が発生する可能性が高く、警察に対する連絡、後続車両に対する危険回避のための案内・誘導等の措置を講ずる必要がある客観的状況にあったものということができる。

(三)  <書証番号略>によれば、広朗の遺体から流出した血液中には、エチルアルコールは含有されていなかったことが認められ、広朗は、自損事故及び本件事故の直前に飲酒し酔った状態ではなく、広朗の自損事故及び本件事故については、広朗が飲酒し酒に酔った状態のもとで発生したものではなく、本件事故の発生が広朗の飲酒に起因するものでないことは明らかである。

(四)  前記認定のように、広朗は、自車を走行不能にするような自損事故を起こしてはいるが、<書証番号略>によると、広朗の事故車両中には血痕が付着した形跡のないことが認められ、その他広朗が負傷したことを推認する証拠はないから、広朗が自損事故で負傷して緊急の手当を受ける必要等があったという原告の主張は証拠上認めることはできない。

(五)  次に、広朗が後続車両の運転者に対し二次災害防止の注意喚起のため加害車両の進行上に立ち入ったとの原告の主張(再抗弁4)について、検討する。

(1) 右(二)において認定したように、広朗は、自損事故現場から本件事故現場付近まで北に向かって移動しており、まず、広朗が右のように本件事故現場方向に移動した動機・理由についてみるに、<書証番号略>によれば、自損事故現場から南方約459.7メートルの地点及び北方約555.4メートルの地点の道路の両側に非常電話が設置されていること、自損事故現場から北方約一七メートルの地点に自損事故現場から南方にある非常電話の案内板が、自損事故現場から北方約284.4メートルの地点に自損事故現場から北方にある非常電話の案内板がそれぞれ設置されていること、南方の非常電話は自損事故現場からは木が茂っているために見にくいこと、北方の非常電話のうち下り車線上の非常電話の照明は、上り車線から見ると、上り車線上の非常電話の明るさの半分くらいしかないことが認められる。

(2) 右(1)の事実に前記(一)(二)で認定した事実を合わせ考えると、自損事故現場の北方の上り車線側にある照明の明るい非常電話を目指しつつ、上り車線を走行してくる車両に案内・誘導等の措置を講ずるため、又はこれと合わせて救助を求めるために、広朗は、自損事故現場の北方に移動したと推認するのが最も合理的である。確かに、客観的には、自損事故現場の南方にある非常電話の方が北方にある非常電話より約一〇〇メートル近いところにあるが、自損事故現場付近には、現場を通過する走行車両のライト以外には照明がないことから、自損事故現場の北方約一七メートルの地点に、南方の非常電話を示す案内板があることに広朗が気付かなかった可能性が高く、また、仮にこれに気付いたとしても、明りが見える北方の非常電話を目指すことは決して不合理な判断・行動ということはできない。また、北方に向かうのでなければ、南進して来る後続車両の運転者に対しその前方に停止している事故車両の存在について必要な注意を与えることはできない。右のほかに、広朗が本件事故現場のある北方に移動した合理的な動機・理由を想定することは困難である。

(六)  前記(一)で認定したように、広朗は路側帯から約2.7メートル走行車線上に入った地点で加害車両と接触しているが、広朗が路側帯から走行車線に約2.7メートル入った動機・理由については、右(五)のとおり認定することができ、しかも、広朗に自殺する何らかの動機・理由があったことについては、何ら主張立証されていないことを合わせ考えれば、後続車両の危険回避のための案内・誘導等の措置を講ずる必要がある客観的状況のもとでは、広朗は、加害車両が事故車両に衝突・接触等するおそれがあるとして、加害車両の運転者に対し、そのまま走行車線上を走行しないよう案内・誘導等の措置を講じようとしたが、加害車両の走行して来る速度の目測を誤ったかないしは加害車両の走行速度が予想以上に高速であったため、加害車両と接触するに至ったものと推認するのが自然、かつ、合理的である。なお、広朗は、走行車線上に約2.7メートルも入り込んでおり、かなりの危険な判断・行動をしていることは否定できないが、自己の事故車両もまた走行車線上に約二メートルも入り込んだ危険な状態にあった状況に照らせば、広朗の右判断・行動が著しく不自然・不合理とまでいうことはできない。

(七)  次に、再抗弁5の加害車両の事故当時の速度についてみるに、<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によれば、四宮は、事故当夜、かなりの高速で現場付近まで走行してきており、時速一〇〇キロメートルを上回る高速度で走行していたのではないかとも想像されるが、これを確定し得る証拠はなく、結局、四宮の本件事故当時の走行速度は、既に認定したように、時速約九五キロメートルであったと認めざるを得ない。

3 以上認定の事実関係のもとで、広朗に重過失があったといえるか否かについて判断する。

(一) 本件保険契約の災害割増特約及び傷害特約によれば、不慮の事故が「契約者または被保険者の故意または重大な過失によるとき」には、保険者が災害割増特約に基づく災害割増保険金及び傷害特約に基づく災害保険金の支払いを免責されることについては、前記判示のとおりであり、右の免責事由における「重大な過失」とは、損害保険給付についての免責事由を定める商法六四一条にいう「重大ナル過失」と同趣旨のものと解すべきである。同条が「悪意又ハ重大ナル過失」による保険事故の招致を免責事由にしている理由は、そもそも保険制度が本来保険契約者又は被保険者の意思に基づかない偶然の事故発生に対しその損害の填補を行うものであることから、保険契約者又は被保険者が自ら保険事故を招致したといえる場合に保険金請求権を肯定するのは、保険契約当事者間の信義則ないしは公序良俗に反することになるからである。

右の趣旨から考えると、免責事由にいう重過失に該当するか否かについては、保険契約者又は被保険者が事故発生につきどの程度注意欠如の状態にあったかのみによって決すべきではなく、事故発生に至るまでの一連の行為やそれらの行為の目的を含めて、故意によって事故を招致したと同視し得る程度に社会的な非難が可能か否かなどを総合的に斟酌して決するのが相当である。

(二) 右に述べた見解に立って、本件をみるに、本件事故は、高速道路の走行車線上を走行していた車両がその進路上で歩行ないしは佇立していた広朗に接触轢過して発生したものであり、そのこと自体に限定して評価する限り、広朗がかなり危険な判断・行動をとったものであり、広朗にはかなりの程度注意欠如の状態にあったことは否定することができない。しかしながら、他方、広朗には、前記判示のように、自損事故を起こしたことから、二次災害防止のために、緊急に後続車両の運転者に対し案内・誘導等の措置を講じようとして、走行車線上に入り込んだにすぎないのであるから、故意によって後続車両と接触する事故を招致した場合と比較して、社会的な非難の程度は著しく低く、右の場合と同視することはできない。

したがって、本件事故は免責事由にいう重過失に該当しないものというべきである。

三以上によれば、本件保険契約の災害割増特約に基づき災害割増保険金一〇〇〇万円及び傷害特約に基づき災害保険金一〇〇〇万円の合計二〇〇〇万円の支払を求める原告の請求は理由があるというべきである。

原告は、右保険金に対する訴状送達の翌日である平成三年一月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているので、被告の本件保険金支払債務が商行為によって生じた債務であるか否かについて判断するに、被告は、相互保険会社であることは前記判示のとおりであり、相互会社の行う生命保険事業は商行為ではないから、被告の本件保険金支払債務は商行為によって生じた債務でないことは明らかである。したがって、遅延損害金の支払を求める原告の請求は、民法所定の年五分の割合の限度で理由があり、その余の部分は理由がない。

四よって、原告の請求のうち、本件保険契約の災害割増特約に基づき災害割増保険金一〇〇〇万円及び傷害特約に基づき災害保険金一〇〇〇万円の合計二〇〇〇万円並びにこれに対する訴状送達の翌日である平成三年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官六車明 裁判官鹿子木康)

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